機械バカ一代

機械モノおたくのたわごと。

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モーターサイクルのスタイリング考察(1947~1949)

コンセプトモデルが誕生します。
さて・・続けましょう。

有名な、マン島TTレースは、戦後まもなく1947年に再開されます。

長く不幸な戦争から開放されたモーターサイクルメーカーは、
この時期、かかんにTTレースに参加し、
高性能モーターサイクルを爆発的に発表して行きます。

そんな中、モトグッチは当時の人気漫画BATMANのオートバイ、
BATbikeをコンセプトモデルとして発表し、話題をさらいます。

↓この時期、各社がフラッグシップを次々と発表します。
やまあらし・・の意味ね

マン島TTレースでは、戦前まで使用が認められていた過給機(スーパーチャージャー)が禁止されます。

AJSでは、戦前の水冷V4 DOHCマシンに替わって、

空冷DOHC 並列2気筒のPORCUPINE(やまあらし・・の意味ね)を登場させます。

1947年のマン島TTでは、Nortonは、戦前のManxを持ち込み、

戦前型
Motoguzziは、500ccクラスには戦前のVツインを。

ドンドリーノ
250ccクラスには、前年開発したdondolinoを持ち込みます。

ベロセット
Junior TT (350cc)クラスは、ほとんどベロセットのワンメイクになります。

当然のように・・
トラ
トライアンフも新型を発表します。

試験的に再開された1947年に対して、
翌1948年には数多くのファクトリーチームが参加する事になります。

そして、1949年からマン島TTは、FICM (後のFIM)の世界選手権ロードレースに加えられる事になり、

この年、その後のモーターサイクルのスタイリングに大きな影響を与える機種が現れます。

4

Vincent Black Lightningです。
クロスフローのVツインエンジン、カンチレバー式リヤサスペンション、
エンジンを剛性体として利用した変形ダイヤモンドフレーム、
後退したフットペグと低いハンドルバーは、
この車両が、とてつもない高性能である事を物語ります。

この時期、Vincentは、このBlack Lightningを使って、速度記録にも挑戦します。

1948年には、ユタ州のソルトレイクで、148.6 mph (239.1 km/h)を記録し、
1950年には、156.58 mph (251.99 km/h) を記録します。

3
その後はスーパーチャージャーを装着し、1951年にNSUが記録した180.29 mph (290.15 km/h)
を破るためトライが続けられますが、ファクトリーライダー、レス・グラハムの事故死によって、
記録への挑戦は終止符を打ちます。

レーサーレプリカ
その、Black Lightningのデチューンとも言える、一般公道向けが、この

Black Shadowです。

ここに、市販レーサー(Black Lightning)と、その公道バージョン(Black Shadow)という、

レーサーレプリカの概念が誕生します。

一方その頃・・・・

テル
MV AGUSTAは、125TELを発表し、同時にレース仕様車も発表します。

レース仕様

イタリアでも、次々とニューモデルが発表されます。
サトルノです。
ジレラはサトゥルノを500ccクラスへ・・

パリラ
パリラも意欲的な250ccDOHCシングルで1949年シーズンを戦います。

2
このパリラに対抗する形で、MotoguzziはこのGambalunginoを250ccクラスへ送り込みます。

こうして、戦勝国はいち早く復興を果たし、その闘いの場を世界選手権に移して、
ヨーロピアン・モーターサイクルの黄金期と言われる1950年代へと突入して行きます。

---その前に、ちょっと自分の国を振り返って見ましょう-----
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