機械バカ一代

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モーターサイクルのスタイリング考察(50年代:ドイツ編)

DKW RT125
さて・・やっと1950年代になりました。

1950年代は、世界的にモーターサイクルが爆発的に進化した時期でもあります。
とても、一回で全世界を語る事は出来ないので、ここからは国ごとに見てみましょう。

なぜ、最初にドイツを持ってきたのか・・
というと、この時期のドイツ車が世界のモーターサイクル界に与えた影響は、
それはもう・・計り知れないものがあるんです。

さて・・画像はDKWのRT125ですが・・
1949年、ようやく戦後の規制が緩和され始めたドイツで最初に作り始めた車両です。
そして、このRT125こそが、弊社YA-1の基となり・・メイハツⅤ型となります。
当時の日本メーカーはこぞってコピーしたモーターサイクルです。

↓ドイツの復権が始まります・・・
地図です・・クリックで拡大。
まずは、当時の東西ドイツの地図に、各2輪メーカーの所在地を重ねてみました。

その後、大きな成長を果たす2輪メーカーの多くがアメリカの占領地域にあったのは、実に幸運な事でした。

これらのメーカーの中でも、いち早く2輪車の生産を再開したのは、

NSU(NSU Motorenwerke) と
DKW(Dampf-Kraft-Wagen:蒸気機関自動車・・( ̄m ̄〃)ぷぷっ!)です。

NSUは、1949年、
NSU 125
ZDB 125を発売すると・・怒涛の勢いで他国に追い討ちをかけて行きます。

NSU-FOX
1950年には、特徴的な鋼板プレス構造シャーシのFOXを発表します。

この鋼板プレス構造シャーシは、まさに世界中で数多くの模倣を生みます。

1952年のRennfox
そして、1952年、早くもこのFoxのレース仕様・・

RennFoxを世界選手権に送り込みます。

1952年 Werner Haas のライディングでランキング6位を獲得すると、

RennFox
翌53年には、125ccクラスのチャンピオンを取る・・という凄まじさ・・

一方、250ccクラスには、
RennFox
同じく鋼板プレスシャーシ、スイングアクスルの、Rennmaxを送り込みます。

Werner Haasは、この2種のマシンで1953年にはダブルタイトルを獲得します。

この鋼板プレスの応力外皮構造(モノコック)シャーシとスイングアクスル・フロントサスペンション、
という構造は、特に日本のホンダに大きな影響を与えます。

そう・・良く見ると・・CB92とかCR71なんか・・クリソツ・・( ̄m ̄〃)ぷぷっ!

実は、あのホンダ、ドクロタンクシリーズが日本独特のスタイル・・と思っていた皆さん。
残念でした~~~( ̄▽ ̄)うへへへぇ~
ルーツはこっちなんです。

さらに・・スタイリング面での面白い例として・・Delphino(イルカ)と呼ばれるフェアリングを採用します。

Rennfox delphino
Rennfox

RennMax Delphino
RennMax
まぁ・・アマゾンカワイルカなのか、中世の騎士なのか・・・

この形が美しいかどうか・・は別の話として、
同じ頃、MotoGuzziでも似たような形状をトライしています。

さらに・・NSUは速度記録にも果敢に挑戦します。

500Kompressor
この500ccスーパーチャージャーによって、

こんな、カウルに身を包んじゃって・・・
Delphine3
211.04 MPH (338.24km/h) を記録します。

さらに、さらに・・・

(⌒∇⌒)
50ccの速度記録にも挑戦します。

原付
この・・Baumm(設計した人の名前)と呼ばれるストリームラインの速度記録車は、
なんと・・・121.7MPH (194.72km/h)を記録します。

原付
こんな・・エコランに出てくるみたいな形で190km/hオーバーはさぞかし怖かった事でしょう。。

この50ccでの速度記録は、
その後のクライドラーを代表する50ccクラスの活性化に大きな影響を与えます。

そんな、実にエポックメイキングなNSU社は1956年から、その主力を自動車生産に移行し、
2輪の世界選手権からは姿を消します・・・・
その後Ro80やPrinz TTなど数々の名(迷)車を生み出しますが、

1969年、VW傘下となり、細々と続けていた2輪車の生産を終わらせます。
その後、AUTOUNIONに吸収合併され現在はAudiの一部門として存在します。

・・一方その頃・・・

1949年にRT125でモーターサイクルの生産を再開したDKWでは、
戦時中、V1ミサイルの開発を行っていたWalter kaaden氏がレースエンジニアに就任します。

Walter Kaaden

V1ミサイルに搭載されたパルスジェット・エンジンの原理を知っていた彼には、
この125cc単気筒の排気管は、まるで・・U字型、バルブレスパルスジェット
に見えたに違いありません・・

↓こんなのね・・
Valveless pulse jet

1952年から世界選手権に参戦する事になるDKWは、
1951年、2サイクル125cc単気筒と、V型3気筒350ccのレーサーを開発します。
1951 Dkw
Walter Kaadenは、この350cc 3気筒と、

Dkw 125
125ccシングルに、このパルスジェットの原理を応用した排気管・・

通称:kaaden pipe (カーデンパイプ又はカデナパイプ)を採用し、
2サイクルエンジンの出力を一気に向上させます。

これが、モーターサイクル史における、戦後最大の事件・・

2サイクル排気チャンバーの誕生です。

この排気チャンバーにおける、Kaaden C effect (カデナC効果)は、
2サイクル125cc単気筒エンジンを25HP以上・・に押し上げます。

これによって・・それまで軽量ではあるが、壊れやすく・・パワーの出ないと言われた
2サイクルエンジンはリッター200馬力を超え、4サイクル全盛であった高出力エンジンの世界に、
4サイクルを凌駕する勢いで進出して行く事になります。

DKW 3cyl
しかしながら・・・長年熟成された4サイクルに対して、
新鋭の2サイクルがGPで勝利するには、まだまだ時間が必要でした・・

1956 DKW
この、1956年型 DKW 350 3気筒で、やっとランキング3位を獲得するに留まります・・

この当時、DKWの2輪部門は戦前と同様にZwicauにあり・・
(Zwikau = 現在Sachsenringサーキットのある、東ドイツ領:地図上のMZが位置する場所)

1956年のハンガリー動乱、ワルシャワ条約機構への加盟などの影響から東ドイツの共産化が進みます。
この年・・DKWの2輪車部門のうち、
Zwikau旧本社にある部門はMZ(Motorrad- und Zweiradwerk)という別会社になります。

不幸な事に・・GP参戦するファクトリーは、このZwikauにあり、以後MZとして・・・

東ドイツを拠点にレース活動を行う事になります。

1959Mz 125
1959年のMZ125

MZ250-1959
同じく1959年のMZ250

この1959年・・エルンスト・デグナーは、このMZで、250ccランキング4位、125ccランキング5位になります。

ここで、少し話しを60年代まで持ち込みましょう・・
1959年、ホンダは世界選手権に参戦します・・そして1960年、スズキも参戦を始めます。。
1960年、デグナーは125ccで3位、250ccで8位、いずれも2サイクルとしては、
ほぼ一社独占と言ってもいいMZのエースライダーという地位にいました。

そして・・1961年・・・・・・ベルリンに壁が構築されます。

この、1961年、モーターサイクル史上、最大のスパイ事件と、後に評される、
デグナーの西ドイツへの亡命事件が発生します。

すぐにデグナーとコンタクトを開始したスズキは、1962年からデグナーと契約、
GPでの2サイクルエンジンの勝利へと向かって突き進む事になります。

MZ250-1959
おおっと・・・話をスタイリングに戻せば、

1959年、MZはそれまでアルミの板金であったフェアリングに初めてFRPを採用します。

この2サイクルに革命を起こしたMZは、その後1977年までファクトリーでGPへ参戦し、
ベルリンの壁が崩壊した年の1989年に民営化され・・

2009年には、ラルフ・ワルドマンとマーチン・ウィマーの二人、元GPライダーがオーナーとなって、
今日に至ります。

さ~~てと・・(だから・・ドイツの話は長いのよ・・とくにこの時期。。)

もう一つ、50年代のドイツで、
その後のモーターサイクル・スタイリングに大きな影響を与えたメーカーと言えば・・

Adlerです。

Adler MB250


え・・・これが???


と、今思ったあなた・・・もう少しモーターサイクルの歴史を勉強しましょう。

弊社・・・YD-1のサンプルとなった車です。

Adler 250 GP
こうやって、レース仕様になってみると解るかな・・・

そう・・これが、ヤマハ2ストローク・ツインの原点。

さてと・・・・・50年代ドイツ編は、こんな感じでいかがでしょうか・・・

いいですかぁ~~~?・・商品企画のS大先輩?

あ・・・ちなみにBMWの話が無いのは・・この時期のBMWにスタイリング上は見るべきものが無いから。
その他のドイツ・メーカーの話は、もう少し後の事ね・・

---次は、英国編にしようかなぁ---
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MCスタイリング考察 | コメント:4 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント

最近の手抜きブログなワタシとは大違い。
勉強になります・・・・
2011-02-04 Fri 00:49 | URL | KEO [ 編集]
いやはや・・・ついつい始めてしまったら、後から後から、
あ・・これも書いとかなきゃ・・となって、
だんだん収拾をつけるのが大変になってきました・・・(笑)

英国編もアップしたので、お暇なときにどうぞ・・・


これも・・だんだん毒舌になってきちゃった・・・(笑)
2011-02-04 Fri 11:47 | URL | 管理人 [ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011-06-19 Sun 10:05 | | [ 編集]
Rabeneickの事ですね、

http://www.germanmotorcycles.cl/Rabeneick/RABENEICKcoments.html
とか、
http://www.cybermotorcycle.com/euro/brands/rabeneick.htm
などに情報があります。

In the early 1950's Rabeneick came to market featuring the (dual 125) Ilo 250-cc 2-stroke Twin.
という事なので、エンジンはIlo(標記はJLO)社製だったようです。

Ilo社自体は、いわゆる汎用エンジンメーカーで、
日本で言うところの「ガズデン」のような存在なので、
PUCH, やSACHS, FNなども、エンジン供給を受けていたようです。

※ドイツ本国なら、まだパーツも見つかりそうですね。

ebay Germanyで検索してみたら、125cc のIloエンジンで125ユーロでした。

どうぞ、大事にしてあげて下さい。
2011-06-20 Mon 08:51 | URL | 管理人 [ 編集]

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